業に向かい、虚ろなままに彷徨う。

 祖父が寝たきりになってもう何十年になろうか…。母が風邪で高熱が出て、インフルエンザではなかったが、病院へ行けないので代わりに私が行くことになった。

 あいもかわらずと思いきや今日は何故かいつもは無言の祖父が私を見るなり「ウぉ−」と叫び涙ぐんだ。
唐突な叫び…その表情にはあきらかな喜びの表現であった。
 つきそいのヘルパーさんはしみじみと「やっぱり、お孫さんが来てくれて嬉しいのよ。最近は元気になってきたから…」と言った。
 私は唯祖父の目を見つめていた。私はいつこのような状態に自分が置かれるかと畏怖した、そして自分の体が動ける間に旅に出ようと思い立ったあの数年前を思い出していた。しかし、その数年前と相も変わらずこのような寝たきりの祖父を見てただ立ち尽くすだけだ。物言わぬ祖父、は果たして何を考え思っているのだろうか?既に身体障害者である。障害者であると国から給付金がもらえる為、申請したらどうかと母が祖母に言ったらしいが、祖母はその事実を現実のものとして受け入れる事は困難であるかのごとくにふんふんと唯頷くだけであった。もはや口から食事を取る事も出来ず、腹に穴を開けて胃に直接流動食を流し込む生活を余儀無くされ続ける祖父はどのような感慨でもって世界を眺めつづけなければならないのだろうか?
 病院を後にし、私は虚ろなままに私を見つめる祖父の目を思い出しながら、思考の海をこれからも彷徨いつづけなければならなかった。それが私の現在の業だ…しかし、考え過ぎてもダメだ!袋小路に迷うだけだ…煮詰まるだけだ。
 頬に冷たいものが触った。空を見上げれば大陸からの寒気で雪が降ってきた。春の桜と夏の海の底を思い西行の詩を口ずさむばかりであった。