世界と人間

 仕事で或家庭を訪問した。山の上にあり、長屋風なしょぼくれた建物が並んでいた。家には表札も番地を記した物も無く、訪れる予定の家を探すのに苦労していた。その長屋の真中の家の裏の庭に浅黒い女の子がいたので、「ここは何番地?」と聞くと「無番地」と平然と答えた。それはまるで非差別の民である事を了承し、かつ自身に満ちた答えであった。私は困惑した。とっさにフランス語の意味とニュアンスで、この感情を表現出来るかまず考えたが、少しの単語が思いつくだけですでに忘却の彼方へと過ぎ去るフランス語という差別するべき高尚な言語の行方はわからなかった。日本の差別・世界の差別・バンコクのスラム。日本に生まれた私は、世界では差別の対象となる、或東洋の民俗衣裳である男のふだん着物を着ながら、この仕事を経ていつか私はブルース・チャトウィンの『ソングライン』に似た書物を書き上げる事が出来るかと自問した。