銭湯の記憶

 昼にホテルを出て銭湯へと向かう。フリーペーパーのサプリと言うのがこちらに有り、それを見てると400円の銭湯が目についたのだ。その名もいきいき温泉さながわ湯だ。T川の方面へ1号線を北上する。途中で酒屋が見え輸入食材の店が目に止まり急きょ入りベトナムのお粥やレトルトグリーンカレーを買った。

 銭湯に着くとやはりしょぼくれてはいるが、この値段でサウナ、電気風呂、薬用、露天と至れりつくせりだと思った。しかし、というかやはりボディーソープやタオル、バスタオル、シャンプーリンスはもちろん無かった。
 手拭いだけは持って来ていたがそれ以外は持参しなかった。皆持ち込みが多い。仕方なく身体を洗ってる人に頼んでタオルにボディーソープを垂らしてもらう。
 久々のジャグジーが心地よかった。ジャグジーの泡に揉まれていると、やがて身体が解される、そして無性に身体が痒くなる。そうしているうちに昔の記憶が甦るまるでプルーストのマドレーヌのように…。まずはモロッコはタンジェで泊まろうと決めていたホテルの幻のジャグジー。モロッコの旅は辛かった。その最後にスペインへと入る迄のフェリーの運行する港のタンジェでガイドブックを眺めながら或ホテルの紹介を見ていた。値段は高いがジャグジーが有ると。最後のアフリカの地でゆるりと身体の垢を洗い流そうと思ってたら潰れていたのだ。今まさにモロッコの旅は思い出さないがその無念の瞬間は今だに思い出される。そうタンジェの浜辺の駱駝と共に。
 そしてもう一つは昔のM部の温泉を…。昔、母方の田舎へ行くというのは温泉も楽しみの一つであった。隠居に祖父と祖母がいて、その隠居には温泉が引かれてたのでいとこも夜に来て汗を流したり、蒲団でくるまって遊んだりしたものだった。そこの風呂では小さいながらもジャグジーと呼んでいいものか知らぬが泡の出る器械が風呂の底に敷かれていて子供心にまるで銭湯みたいだと楽しかった。
 そして最後の3番目はインドはマナリーという土地での温泉だ、インドにもそこでは温泉が出るとの事で行ったのだがまるで風呂がプールみたく真四角でなんとなく風情に欠けていたが素直に温泉は有り難かった。
 帰りにマグロと生シラスを買って久々の刺身を味わった。
村上春樹の短編を一遍だけ読んだ。以前読んだ時を変わりの無い短編だった、独特のつるんとした文体だが…。心に来るものが無い。人間関係も意味不明だが、それは夏目漱石に似ていると思った、それがいいのかと思った。それは、つるんとまるでスライムのように…。