熱帯に降る雪

 昨日ヌーブラ金融の面接へ行った。金がもうそろそろ尽きようとしていた。なのに、先週の土曜には財布に残っていたなけなしの最後の切り札の2万バーツを飲み屋であっという間に使ってしまった。選ぶ余地は残されていなかった。
 閉ざされたホテルのベッドの上で煙草を一本吸った。隣のビルの壁とほぼ密接した窓からは僅かな光りが漏れているのみだ。その幽かな光りを主軸にして、紫煙は、天井までゆらゆらと上がった。外は灼熱の温度が横たわっている。腹がへっていたが、ホテルから出て昼飯さえ食う気にはならなかった。この地へ来て体重は5キロ程減っていた。
 セリーヌは墓にnonとだけ書いたが、まだ生きてる俺にはノーと言う事すら認められない状況だ。パレスチナはどうだ?彼らにはノーと言うテロが残されている、例え何万人が虐殺されても・・・。俺は虐殺されれば終わりだ。一瞬だ!そこで終了!そして墓には何と書く?オムレツのあの半熟の所が好きでしたとでも書くか・・・。
 そうしているうちに、うつらうつらと熱帯のまどろみに少しずつ呑まれながら檀一雄の墓碑名を思い出していた。
 石の上に雪を/雪の上に月を/やがて/わがこともなき/静寂の中の憩いかな
彼が火宅の人なら俺は今、熱帯の人か・・・。
 その墓碑名と熱帯に降る雪を想像しながら、金沢で降る粉雪の懐かしさと自らの行く末を熱帯の雪に重ねながら、腐りかけたウィスキーをただ飲み干すだけであった。