野武士のグルメ

いつから久住昌之はグルメのエッセイストになったのだろうか?
作者の性格と食に対する態度が控えめだが
グルメとは美味なるものの追求が本文なのだが
そして現代に不味い食べ物や店が生き残っているのは皆無に等しいと思うが…
そう、コンビニ弁当やファミレス牛丼屋などのチェーン店に入れば決まった味があるし
そこまで不味いものに出くわすのは困難だ
だからこそ、本当に不味い料理に出会った時のインパクトと
カルチャーショックに似た衝撃は本当に誰かに伝えたい
それは裏をかえせばすばらしい風景を見た時に似ているのではないだろうか
中島らもが提唱した全まず連が重要なのもそれによる
そうグルメには不味いグルメも必要なのだ

野武士のグルメ

野武士のグルメ


その意味でこのエッセイの悪魔のマダムは最高
赤と金と水色が多用された、どうですいかにも香港ぽいでしょう、と言いたげな外装の中華料理店に入った作者は
化粧の濃いツンとくる香水の匂いのマダムに醤油ラーメンを注文する

そして出てきたラーメンは

ああ、ぬるい。それがこのラーメンの全感想だ。

ぬるいラーメンとは想像しにくいが、このラーメンの全感想がぬるいだけというのもすごい…
そしてさらに冷たい味付け卵を食べるが

来た瞬間はあった湯気も、見事に消えて、丼の表面は沼のように静かだ。

ってラーメンを表現するのに沼ってどれほどのものなのだろうか?
そして食べ進むうちに

怒りは不思議になかった。激しい嵐のような後悔を理性が押さえ込んでいる。この感情を絵画に昇華できたら、ピカソの「泣く女」になるかもしれない。

そう、そこまで不味い食べ物は人間の精神を蝕むのだ。だがそれが芸術には決してならないだろう事は安易に想像できる
そして麺だけは何とか食べきったが

おなかがなんだか気持ち悪い。
「胃袋のために」という食べ方を、胃袋が怒っているような気がする。
「不本意」という三文字が、前頭葉の辺りでチカチカと点滅している。
「敗北」という二文字が、俺の背中にベッタリと貼りついている。
500円だった。

だがしかし店だけが悪いのではなくて、選んだ客も確かに悪いのだろう
そして

高いとも安いとも、なんとも感じなかった。水道料金を払うように、金を出した。

手間をかけたラーメンとただの水道と同列だと主張するぐらい打ちのめされたか…
最後に怒りは店のマダムに向かった

魔女、というより、悪魔、と思った

自分で作るインスタントラーメンより不味かったのだろうが
とすればここまで揶揄されても致し方なかろう…
しかしそこまで精神が打ち砕かれる店もなかなか無い
やはりそのような店は貴重だし全まず連の復興もやがて必要だろう…