ブルーハーバー

 深夜、隣の部屋でゴシゴシ、ゴシゴシと何かを洗っている音が響いていた。
 先程マグロ漁船が締着したので多分魚を洗っているのだろうと思った。ホテルの窓から外を見ると台湾ラーメンと書いた旗が揚がっている屋台が港周辺のあちこちに出ていた。確かに、今着いたのは台湾船籍だった。外へ出て、ウィスキーの小瓶を喉に少しばかし流しながら夜の月に照らされた海を眺めていると、長老か?と思うほどの白髪の髭と眉毛の老人が気配も無く私の隣にぴたりと寄り添った。私はとっさにスリかと思い逃げようとすると、それより速く、すばやい手つきで私の股間に手を当てると。「ふむ、大丈夫じゃな。」と意味不明の独り言をつぶやいた。私は苦笑し、「台湾の方ですか?」と聞いた。老人はふむと頷くと、紙を内ポケットから取り出し<我去台北>と書いた。
 老人は私に手招きをすると一番汚い屋台に入り席を確保したよと手で合図し、なおも執拗に手招きを繰り返した。私は、少し躊躇したが思いきって、その屋台へ向かった。
 隣に座ると老人は私の肩を叩きながら、満面の笑みで、紹興酒をくいっと飲み干した。老人の日本語はかなり達者で、或国の船が着くとここのK浦には屋台がすぐに来るのだそうだ。ブラジルの船が着けばブラジル料理の屋台が、さらにメキシコ、南アフリカ、モロッコ、トルコ、インド、チリ…等その国籍によって屋台も変化するのだと言った。
 私はまた、多国籍料理を食べにこの地へ来たいなと老人に言うと、そうかそうかと頷いたが、すぐさま国境などは無くなったらよいのにと呟いた。私は台湾の人の中国大陸の憎悪と親しみの深さをコップ酒を呷る老人の横顔にしみじみと感じていた。